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夜ごと繰り広げられる物語。美味い飯と旨い酒には物語が存在する。

第一夜 COME ON TO MY HOUSE
〜男の豪快な料理の裏には周到な仕込みと繊細な技術がある。

 いつ頃からだろうか通常胡散臭さの代名詞に成りかねない男の二人暮らしのこの家に週末毎にゲストが訪れる様になったのは。東京にも何度か雪が降り例年以上の冷え込みを誰もが意識するようになった今日もそしてはかなさともとれる美しさを備えたゲストが訪れる事になっている。

本日のシェフは私だ。同居人である龍とは交代でキッチンに立つのが共同生活始まって以来の暗黙のルールである、それはどちらかの大事なゲストが訪れた時も変わらない。それだけお互いを信用し同じ位自分に自信を持っている証拠でもある。だからこそ双方大切な食事こそ自宅で済ませるし、お互いの料理に文句をつけた事がない。そういままでは。

というのも今回の会食には元々龍は反対だった。悪趣味だとさえ言った。お前がどうしてもと言うなら俺は共犯者みたいなのはゴメンだからな。他で女の家にでも避難した方がましだ、と言った。
女の家ってどうせブルドックソースたっぷりの野菜炒めがいい所だろう、どうするんだと訊いてやった。ブルドックソースだってそれなに考えられた料理だよと答えた。何種類もの野菜が入っていて濃厚な味だそうだ。
そこで私は今夜のメニューを並べたてた、帆立貝だぞ。隠し味にウォッカを使ったレモン風味のスパゲッティだぞ、それに砂肝をとろけるまで煮込んだ奴だぞ、トンガラシがピリッときいたトマトの酸味で、ホッペタが落ちるぞ。その熱々を、凍る程冷やしたガビィ・デ・ガビィの白ワインで流し込むんだぞ。

イタリアの白ワインと内臓料理に眼のない龍はガビィの中のガビィと聞いて、ついに気を変えたらしい。そう言う事ならと承諾した。
勝手知ったる他人の胃袋、龍の好みは誰よりも知り尽くしているだろう。龍を落とすのは赤子の手をひねるよりも簡単なのである。

ワインクーラーの中ではガビィ・デ・ガビィがキリキリに冷えている。
前菜の帆立貝は、知り合いの鮨やに頼んで新鮮な物を届けて貰い沸騰した湯の中に三秒だけ落として氷水の中で一気にひやして身を引き締めてやる。そうしておいて、中華風のドレッシング作りに取りかかる。中国産の黒酢を使うのがコツだ。その間、砂肝の煮え具合を確かめる、刻んだ肉がトマトの味を含んで、かなり柔らかくなっているが、まだまだだ、舌の上でとろけるくらいにならないといけない。唐辛子の辛味も少し不足みたいだ。
私は去年行ったホルモン屋の裏メニューで食べたあの味を舌に蘇らせ少しでもそれに近付けようと神経を集中する。何しろ砂肝は今回初挑戦なのだ。一通りの段取りがついたところで、私はそれまで我慢していたアメリカンスピリットに火を付け深々とそれを肺に吸い込んだ。強い煙草の香りで舌を荒らしてしまうと味の勘が鈍るからだ。
そして私は溜息をついた。砂肝も初挑戦だが人妻をゲストに迎えるのも始めてなのだ。

人の心配を他所に美紀は約束の10分前に到着。
「いらっしゃい適当に寛いでよ」白ワインの栓を抜きながら、私が迎え入れる。
龍はすでに2本目のジラフビールだ。とても素面では、修羅場にのぞめないと、その眼が語っている。乾杯の後キッチンに入り大鍋にスパゲッティー用の湯を沸騰させる。
「こないだお前が言っていたガウディなんだけどさ」と龍がテーブルから声をかけてよこす。
「そうサグラダ・ファミリアでしょ!」美紀も乗ってくる。
湯が沸いてきたので塩を軽ひと握り-四本指を曲げて、のる程度-落としておいて、スパゲッティをほぐしながら入れる。
「あの教会、完成するまであと二百年かかるって、マジ?」と、龍が続ける。
「本当らしい。しかもガウディというのは設計図を残していないんだ」と私が答える。
「じゃどうやって仕上げていくのよ」と美紀の質問。
「今のところは、当時の職人や親方が、ガウディはこう言った、とか、ああ言ったとかで、やってる」
「そいつらが死んじゃったらどうするの?」美紀がグラスを片手にキッチンをのぞく。
「だからこそ大問題なんだよ」と私。片眼でスパゲッティの加減を見ながら、片眼は、ソースパンの具合を眺めている。もう一つ眼があれば美紀の大きく開いた胸元へ眼をやる余裕があったかも知れない。
「何であなたが、バルセロナのガウディのやり残した仕事の事で、悩んだりするのよ。ところで何作ってるの?」私はガウディの問題は一口に答えられないので、後の方の質問を優先する。
「スパゲティに絡めるソースさ」
「ソースなのはわかるけど、何が入ってるの?」
「生クリーム半カップ。隠し味はウォッカ」
「へぇ、ウォッカとは変わってるわね。ソースでわたしを酔わせようって魂胆なんだ。相変わらず変わらないのね、あなた」
「変わらないのはキミの発想の貧しさの方だよ。違うよ。ウォッカはこうやって火にかけてアルコール分をとばしてしまう。残るのは仄かな香りとコク」
ソースを火から降ろし、私はレモン半個分の絞り汁、そして半個分の皮をすりおろしたものを、手早くそれに混ぜこむ。レモン風味のソースが出来上がりだ。ガウディの件はもっと落ち着いて話したい。
「前菜にとりかかろうか」と私が龍に声をかける。帆立貝を食べ終わる頃スパゲティがアルデンテにゆで上がる。あとはウォッカと生クリーム入りのソースであえるだけだ。三人はテーブルを囲んだ。
「ガウディの話しがしたかったんじゃないのか?」龍が気にする。美紀はすでに一口、帆立貝を口に入れている。
「いいんだ話題の選択が時として料理の味を変えてしまう事だってある」
「中々、いけるわよ、このドレッシング、何が入ってるの?」美紀はいまや食い気に専念している。
「ゴマ油と中国の黒酢。擂ったしょうがが少々。塩、こしょう」
「その黒酢ってのを、レモンにかえれば私でも作れるわね」
「それは女の発想による女の料理」
そう言って私はスパゲッティを上げるために、キッチンへ消える。

砂肝の煮込みは私が休日返上で煮込んだだけのことはあって、上々の仕上がりだった。確かに存在感を残してなおかつ口の中でとろけるよう。
ともすればしつこくなりがちな素材の味を、トマトの酸味がきりりと引きしめ、唐辛子の辛さがそれに緊張感を与えたのだ。我ながら初挑戦にしては大成功。ごく控えめにみてもホルモン屋の裏メニューで食べたあの時の感激に勝るとも劣らない。
と、料理評論家顔負けのの評価をくだしたのは、当の私だけで、今夜の客ときたらひどいものである。龍にいたっては
「白い飯炊いてないのか」 ときたではないか。そんなものどうするんだ、と聞くと、この煮込み、御飯にかけて食べたら美味いに違いないと答えた。
「カレーみたいにか?ナットーみたいにか?」
とたんにむっとして私は龍の顔を睨み付けた。
「お前ネ、日頃の食生活の貧しさが、そういうところに露呈するんだよ。これはこれで完成している料理なんだから、飯になど、ぶっかけてもらいたくないの」
「わたしはノーコメント」
と、それまで一心不乱に食べる事に集中していた美紀は、賢明にもどちらの肩も持たず、熱いのと辛いのとでハフハフ言いながら、額に薄っら浮かんだ汗、ナプキンでそっと拭った。私は奇妙な孤独感に襲われた。
「ふくじん漬けでもあればよかったのにな」龍は私の気持ちなど次々に地雷を踏み付ける。
「今夜お前を同席させたのは、ひどい間違いだったと後悔しはじめた」
「心配するな。俺の許容範囲の広さの一端を語ったまでだよ」
「お取り込み中申し訳ないんだけど」と美紀が呑気な声で割って入った。「たった今、私が食べたの、一体なんだったの?」
私は龍から美紀の顔に視線を移し、更に彼女の前の拭ったようにきれいな皿を見た。
「砂肝」
美紀は瞬きをし、すっかり平らげた皿を凝然と眺めた。束の間の静けさの中をBGMのアシッドジャズが優雅に流れた。BGMはそれまでもずっと流れていたのだが・・・。
「OH MY GOD!」
片手で自分の喉をぎゅっと握りしめて、美紀が叫んだ。学生時代留学の経験があるらしく興奮するとつい英語になるのが彼女の癖なのだ。二、三分がところ、英国訛りの英語で何やら喚き続けた。わたしを騙したわね。ゲテモノを食べさせたのね。とか何とか。ようやく落ち着き息をつくために口を閉じたタイミングを見計らって、私が口直しにデザートをすすめた。
キッチンに立っていく私の背中を眺めて、美紀が思わず溜息をついた。
「なんだ急に落ち込んだりしてどうした?」龍が気にした。
「昔の事思い出しちゃったのよ」手で額の髪をかき上げて、美紀が言った。「デザートに私を欲しがったものだったわ、彼」
龍が真顔になって、美紀の腕をそっと叩いて言った。
「恋はいつか必ず終わるけどさ、友情は永遠に残るよ」
美紀はチラリと龍を見上げた。
「恋?誤解しないでわたしたちのは最初から友情」
「なら落ち込むなよ」
「女心を知らないわネ、龍。それに彼も彼よ。途中でやめるなんて男らしくないわ。たとえ私が八十のお婆ちゃんになったって『デザートはキミだよ』って口説き続けるのが、男と女の友情におけるマナーじゃないのさ」
私が、黒漆の椀にアイスをこんもりと盛って、戻って来た。美紀の顔にとぼけたようないつもの表情が戻った。

やがて、ディナーはお開きとなった。美紀はほっとしたような、残念なような、どっちつかずの落ち着かない気持ちのまま、龍に送ってもらい私の家を後にした。
ガビィ・デ・ガビィを三人で二本空け、食後にウォッカトニックを四杯。足元がふらついている。風も無いのに道の両側の木々が揺れる、空気が湿っている。今年の春は早いのかも知れない。
「ねぇ彼に恋人が出来るとしたらどんな女性だと思う?」
龍の腕につかまりながら、美紀は夜空を見上げた。
「並の女じゃ長くは続かないわよ。これだけは確か」
美紀の躯がぐらぐら揺れた。電柱にもうすこしでぶつかるところだった。美紀はそんな事にお構いなく続けた。
「彼はすぐに捨てられるわよ。これまでだって、女が現れちゃ、次々と消えていったんだから。でもネ、わたしは知ってるのよ。彼ってどこか優しいところがあるから、自分の方から女を切れない。女に愛想をつかせるようにもっていくの。でも、それって-」美紀は唐突に黙り込んだ。
「大変、明日六時に旦那おこさなきゃ、これからお弁当の用意よ!」
「いい妻といい女を同時に演じるのは大変なんだろうな」
と龍が感心したように聞いた。
「まあね」と人妻美紀はヴィヴィアン・リーのように片方の眉だけを高々と上げた。
「どの世界でも女が幸せになろうと思ったら、絶対に女を売っちゃいけないのよ」
「なるほどねぇ」
「女は売らないけど、女も捨てない。これがヒケツだわね」
そう自分自身に言って聞かせるように言った。
「男と女の友情における長続きのヒケツも同じことよ」美紀は近付いてくるタクシーに向かって手を上げた。

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