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夜ごと繰り広げられる物語。美味い飯と旨い酒には物語が存在する。

第四夜 Delivered from unkamp
〜拾い上げられることも刈り込まれる事も無い淋しさ。-この世界に永遠なんてものは存在しない-

 私は龍が最近購入した大型のクロスカントリー四駆にシュラフを詰め込んでいた。
学生時代は休みとあれば龍や他の友達と10万円で買ったカローラでキャンプに出かけ釣りやカヤック、山登りなどに精を出していた。毎回仲間に内緒で 買ったキャンプ道具を自慢し合うのも楽しみの一つだった。
街の草木も芽を出し始め春を感じるとはいえ時期は3月初旬、キャンプ地の山間部はまだまだ冬、夜は凍えながら火を囲む事になりそうだ。それでも私は、-おそらく龍も-胸の中では熱い思いで溢れていた。

「あたしのこと覚えてる?」
といきなり仕事中に電話がかかって来た。相手はまだベットの中にいる声だ、と経験から推測した。腕時計を見ると、午後一時三十分。
「もちろん覚えているよ」
と、まず答えておいて、「どのアタシ?」とさり気なく訊く。
「絵書きのアタシ」
ベットの上に片肘ついて半身を起こす気配と共に相手が答える。
「油絵?日本画?エッチング?」
「壁画のアタシ!」じれて声が大きくなる。
「わかった、百合乃だ!」すかさず私も叫ぶ。
「ようやく当たり」
危うくセーフ。危機一髪。
「それにしても、絵書きだけでもずいぶん『お友達』がいるのね」
まだ安心するな、という警告だ。
「でも愛しているのは、壁に向かって孤独な作業をしている百合乃だけだよ」
これは神にかけて真実だ。ただ、『絵書きの中では』という言葉をあえて抜かしただけだ。
「今どこから?」
「ベットの中よ」別に何かを含んでいる訳ではなさそうだ。単に事実を言ったのに違いない。
「そのベットは、どこにあるの?」
近くで書類に眼を通していた部長が、いいかげんにしろというようにギロリとにらんだ。普段は愛犬の写真を何時間も眺めている部長だ、怒っているのではなく茶化しているのだろう。
「この前と同じよ」
「というと、どこだっけ?」
「あなた、陣中見舞いに来てくれたじゃない、何も持たないで」
「まだそこで壁画描いてるの?」
かれこれ半年以上も前のことだ。
「忘れたなんて許せないわね」
「ボギーよりいいぜ。彼は昨夜のことだって思い出せないんだから」
「彼は許せるのよ。水もしたたるいい男だから」
そこでめげてはいけない。
「実は今週いこうかなと、思ってたところなんだよ。実に偶然だよね。信じないかも知れないけど」
「もちろん信じないわ」
あっさりと言い切るのが百合乃という女。そこで傷付かないのが私のタフなところ。
「何か特別欲しいものとか、食べてたいものがあえば、持参するよ」
「欲しいものはアナタ。食べたいものもアナタ」
「またまたあ」うれしいような、タジタジのような。
「というのは真赤なウソ」これは傷付く。
「ありがとょ」
「何でもいのよ。何か美味しいものが食べたいわ。毎日ホカホカ弁当とインスタントラーメンで、惨めな食生活に甘んじてるんだから」
「少しは自分でつくればいいだろう」
「芸術家がつくるのは芸術作品だけよ」
というわけでその週末、心優しい私は龍を従えてケイタリングサービスに向う事になったのである。

「テント2つ積んで行かないと足りないよな?」と龍がガレージから叫ぶ。
「1つで足りるだろ、3人なんだから」と叫びかえす。
「あら4人目はお邪魔かしら?」
ん?ガレージから聞き覚えのある声と共に龍に腕をからませて登場した。
「紀子じゃないか。久しぶり」
カメラマンの紀子はもともと私の知り合いだったが、ひょんな事から龍と親しくなっていた。
「キャンプに行くっていったら、一緒に連れて行けってうるさくてね」龍は頭を掻きながら言う。
「人数は多い方が百合乃も喜ぶよ」
「じゃあたし洗い物係やらせていただくわ」
男子厨房に入らずから家事の分担と言われるようになって久しいが、どうして私の周りには食べるの専門の姫方が多いのだろうか。紀子に見えない様、龍に眉を片方だけ上げて見せた、龍も肩をすぼめてとぼけた。今回のシェフは龍に決まりだ。

3人でわいわいと、山梨にある建設中のホテルへむかったのである。百合乃はそこの壁画に、かれこれもう半年以上もかかりきりだった。
「ヤッホー」
ほとんど工事現場の上からの声で見上げると、中二階にぐるりと組んだ足場の上から、姉さんかぶりのきったならしいおばさんが手を振っている。よく見ると色とりどりの絵の具だらけだ。とすると、あのおばさんは百合乃らしい。私達はにっこり笑って手を振って応じた。
「あれ、また手ぶらで来たの?」
と、私達のところまで降りてくるなり百合乃が姉さんかぶりをとりながら歯に衣を着せずに言った。外見は汚ったならしくても彼女はなかなかの美人だ。
「現地調達主義なんでね。その土地に美味いものありだよ」百合乃は最後まで聞かずに龍と抱き合っている。
「久しぶり元気ー?ねぇこちらが噂の彼女ね、かわいいじゃなーい」
「初めまして紀子です、写真を撮ってるの。百合乃さんの仕事場見せてもらえるかしら」
「どうぞどうぞよろこんで」
4人で足場の階段を登る途中、百合乃が耳打ちしてきた。
「龍ちゃんに横取りされたなんて言ってたけど、結果オーライよ。彼女、あなたには勿体無い」半年ぶりの再会に先制パンチを見舞われた。
「そうだな、百合乃に会って僅かながらの未練も吹っ飛んじまったよ」私もこれぐらいじゃダウンしない。
私達は4人並んで腕組みをして百合乃の壁画を眺めた。八割がた描き進んでいる。一見華やかだが、見る者に始原世界への漠然とした憧れを感じさせるものがある。
彼女の壁画は、モロッコのベルベル模様を思わせる。同質のもののくり返しを果てしなく続けることによって、閉鎖性を執拗に打ち消そうという意図に於いて。
「百合乃、僕はきみがうらやましいよ」と私は溜息と共に言った。
「どうして?」
「だってきみは歴史に何かを刻んでいるもの。作品は永遠に残るもの」
「相変わらずロマンティックなんだ。この世界に永遠なんてものは存在しないの。少なくとも現代の文明社会にはね、コンクリートの建物の寿命が何年かしってるの?五十年よ。半世紀。そしてそれがあたしの壁画の寿命でもあるの。瓦礫とともに崩れ去り、一貫の終わり。アーメン」
そういえば、バルセロナでサグラダファミリアの彫刻をしている外尾悦郎は、コンクリートを「石の死骸」と呼んでいたっけ。すでに死んでしまった素材を固めて作るものに、生命が与えられるわけがないと。
「それに比べると、石は生きているんですよ」と彼は言った。彫刻をしている時も、もしも不用意にノミを深く入れ過ぎると、石が”痛い”と叫ぶのが聞こえるんだ、と。
石の中にすでに形がある、と言ったのはミケランジェロであったろうか?彫刻家は、その石の中からすでに在る形を彫り起こすのにすぎないのだと。石が痛いと叫ぶという話を聞いたあの瞬間、私はバルセロナの彫刻家に惚れたのだと思う。
「ちょっと抜け出さないか?」
「抜け出してどうするの?」
「きまってるさ、百合乃の部屋に行くんだよ」
「まっ、真昼間から何考えてるだろう!?相変わらずイヤらしいのね」
と驚いたことにポッと頬を染め、照れ隠しにそのふっくらとした胸のあたりで私の背中を押した。危うく中二階の足場から転がり落ちそうになった。
「イヤらしい連想をしてるのは百合乃。今回はキャンプ仕立てだからね家に戻って準備準備」

キャンプ地に着くと、龍と紀子が先にテントの設営を終わり何やら穴を掘っていた。
「落とし穴にしては小さいな」私が紀子に声をかけると
「あ〜ばれちゃった」と額の汗を手ぬぐいで拭きながら振り返った。
汗、手ぬぐい、力仕事。紀子のイメージにどれも添わない。すっかり龍に感化されているようだ。
「おいおい本当に落とし穴だったの?」呆れて私が聞くと龍が鶏を掲げながら言う。「違うよお前じゃないんだからそんな事するか!こいつを焼いた石と一緒に穴に埋めて火を通すんだ、最高だぞ。来る途中にあった地鶏牧場で分けて貰ったんだ」
龍は北海道で暮らしていた時に鶏の捌き方を覚えたらしい。
暴れる鶏の足を掴んで、木に叩き付ける。鶏が気を失ったところで良く研いだナタで頭を落とす。逆さに宙づりにし血を出した後、沸騰した湯に浸す。こうすると羽が簡単に抜けるようになる。丸裸にした鶏の肛門から5cmほど切れ目を入れ、手を差し込み内臓を掴み出す。内臓は自らの命が止まってしまった事に気付いていないかのように暖かくまだ動いている。龍は何やら呪文のように祈りを捧げていた。肉を食らう動物の本能として自然に対して感謝を表しているのだろう。
唯一私に出来ない調理方法だ、あっぱれ。
綺麗に捌いた鶏は覆い尽くす程大量の香草と一緒に焼いた石を敷き詰めた穴に埋める。自然の熱で過熱した鶏は野性味溢れる香りと共にキリリと冷やしたウォッカで流し込む。大地を感じるキャンプ料理だ。
「で、お前は何するの?」
「俺は魚を釣ってくるさ、龍の鶏の後は岩魚の骨酒と洒落ようじゃないか」と、私は息まいた。
「近くに釣り堀があるわよ」と親切に百合乃が教えてくれた。
しかし釣り堀は私の主義に反する。
「それより、川はあるかね?」
「あるんじゃないの探せば」
と百合乃はそっけない。龍の鶏を前に雌の本能なのかもしれない。
「いいよ時間はタップリある。ドライブがてら探すよ。期待しててくれ」
一人キャンプ地を後にし地図を見ながら川をさがした。
なかなか流れ具合の良い川が見つかった。トランクに忍ばせておいたタックルを取り出してセットし、結んだドライフライをキャスティングする。
「岩魚よ、岩魚よ、岩魚くん、ボクですよ。出て来てちょうだいな。決して悪い事はしないから」
口説いたりすかしたり、なだめたり、時にはじれて罵ったり、怒鳴ったり、また口説いたりと、釣りは女を扱うのに酷似している。
いつのまに、あたりに夕闇が降りて来ても、私は幻の岩魚にむかって甘い言葉を囁きつつ、釣り糸を垂れ続けるのであった。
はっきり言って野宿だ、と私は呟いた。こうなっては女どころではない。朝、日の出と共に起きだして、もう一度チャレンジするからな。
百合乃は、怒るかな。心配するかな。しかし明日の朝、彼女がまだ眠っているうちに、釣りたての岩魚を持って帰れるだろう。何しろ彼女、昼頃まで眠っている女だからな。
そろそろ水面が見えなくなって来た。私はリールにラインを収め、車の所まで戻ると、トランクを開けた。シュラフが一つだけ入っている、私の物だ。挟んであるメモ紙には
-これは貸しだぞ。龍-
参った全てお見通しのようだ。非常食まである、インスタントコーヒーとキャンベルのベークドビーンズの缶。それにオイルサーディンとレトルトのライス。車をあされば調味料も出てくるだろう。
川べりに小さな火を起こして、川の水で湯を沸かす。ベークドビーンズは缶を開けてそのまま温める。
青春よ再びだ。思いもかけぬ贈り物をもらった。百合乃はカンカンだろう。しかし訳を話せばわかってくれる。いや女にはわからないかな?
オイルサーディンはアルミホイルをフライパンがわりに広げ缶を中身ごとあける。やがてオイルが煮立ちサーディンが香ばしく焼けてくるのを裏返し、頃合いを見て醤油をじゅっと回しかける。油が大げさに跳ねて服を汚すが、着替えは後回し。アルミホイルを揺すって、味をからめる。
醤油と油がよくまじり少し煮詰まったところで火を止め、七味唐辛子を惜しみなく振り掛ける。湯せんしておいたレトルトライスの上に箸でのせ、残りの汁を回しかける。サーディンの上に川べりに生えていたアサツキに似た草をちぎって乗せた。
箸で三、四度大雑把に掻き混ぜ、口の中にかきこむ。
「うめぇ俺は天才かもね」いやここまで用意周到な龍の方か。

白く燃える薪を眺めながら、コールマンのピークワンでコーヒーを沸かす。このピークワン、まだコールマンの日本代理店が無い頃からの付き合いだから20年になろうか。
シェラカップからコーヒーの熱さがじかに唇に伝うこの感触の喜び。思わず舌を焼くベークドビーンズのこの懐かしい味。空には満天の星。わからないだろうなぁ、女には。
そしてこの淋しさ。明日になれば帰っていくところがあると知りつつもこの、拾い上げられることも刈り込まれる事も無い淋しさ。-この世界に永遠なんてものは存在しないの-と言った百合乃の言葉が夜の空気の中に蘇る。私はその声を何度もくりかえし闇の中に聞く。私は百合乃を思う。とても強く。それから、他の女たちのことを思う。たくさんの女たちのことを。それぞれに愛しい女たちだ。そして唯一無二の親友、龍のことを考える。あの男のためなら、命はだめだが、腕の一本、脚の一本くれてやったっていいと思う。それからバルセロナの外尾悦郎と彼のサグラダファミリア。愛情をこめて彫らないと石が痛がるんです、と言った男。
彼らのために自分に何かできるかなどと思うのはあまりにも傲慢だ。それに彼らは彼らで充実している。誰も私個人を必要としてなどいないのだ。
「でも俺は、愛しているよ。きみたち全てを。愛している」私にできるのはそれだけかもしれないが。
夜が深くなり冷気が私を冷ます。自分の感傷に自分で恥ずかしくなり、私は手際よくあたりを片付けると寝袋に潜り込む。
-百合乃。きみとは夢の中で今夜愛しあおう-

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