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夜ごと繰り広げられる物語。美味い飯と旨い酒には物語が存在する。

第五夜
その2
小さなダイヤのイヤリング2
〜人を見た目で判断するのは危険です

タンッと気持ちのいい音を残して私の投げた矢は19の的に吸い込まれた。
これでスコアは40対156。次のダーツで20のダブルを決めれば私の勝ちだ、たとえ一投目でシングルに外しても10のダブルでゲームは決まる。龍とは大差が開いている。今夜は私の圧勝だろう。
その日のシェフを賭けたゲーム、白熱した終盤に水を刺したのは京子からの電話だった。
「もしもし京子よ、今お仕事中?」数いる女友達の中で相手の都合を聞いてくれる女性は残念ながら少ない。
「いや仕事では無いけれど、今大事な所」
「あら、御免なさい。また掛けなおすわ」順番が来た龍は矢を指先でクルクル弄びながらゆっくりと構えた。
「とんでもない、京子からの電話よりも重要な事なんてこの世にないさ」
タンッ龍の一投目はお見事20のトリプル。本人は電話を気づかってか表情を崩さない。
「相変わらずね。まっ、お仕事の邪魔でない事はわかりました。この間食事に誘ってくれた件なんだけど友達も連れて行っていいかしら?」
「もちろん喜んで歓迎するよ」気持は半分、龍の次のダーツに向いていた。
「あまり興味ないみたいね。あなた好みのモデルをやっている娘よ」
次のスローは最初のダーツを押し退けるようにまたもや20のトリに割り込んだ。龍は冷静に深呼吸をしている。残り156で20のトリを2投、残りの点数は・・・。
「ねぇ聞いてる?」
「もちろん聞いてるよ、モデルのお友達を連れ来るんだろ。その子と京子どっちが綺麗かジャッジしてあげようか。」
「もうっ。じゃ当日電話するわ。それまでにその調子のいいお口を直しておいて!」
龍の最後のスローは18のダブル。アンビリーバブル大逆転。
Yes!-龍はビールを片手に椅子にふんぞり返った。
「いらっしゃいませお客さま。今宵のオーダーは?」勝ったと思ったゲームを逃した事と京子の機嫌を損ねた事で、龍の前に跪いておどけて見せた。

数日後、自宅のキッチンでシェフに早変わりしているところにインターホンがなった。
「わたし、吉本リナといいます。初めまして」と受話器の声ははきはきと響いた。
「初めまして」と私は機嫌よく答え、若々しい声の感じから、女をイメージしようと試みた。
「京子さんに言われて伺ったんですけど、開けてもらえます?」
とするとこの少女が京子の友達?嬉しい誤算ではあるが同時に不安でもある。その原因は声の主がわずかに押し付けがましい感じ。まるで、仕方なく来たといわんばかりの感じが、微かに伝わってくる。
すぐに玄関を開けると、そこに立っていたのは肩まであるドレッドヘアを引っつめ、ヘソ出しのTシャツにホットパンツというスタイル、『今風』という言葉がピッタリの少女だった。唯一耳元に光るダイヤのイヤリングが京子との共通点。
「京子さんは用事を済ませてから遅れてくるそうです。」
「そう、適当に寛いでてよ」あっけに取られた私はとりあえずこの少女を招き入れた。龍は仕事で遅くなると電話があったし、困った、普段あれ程達者な口が予想外の少女の登場でどうにもすべりが悪い。
よりによって今日のメニューは複雑で難しい。鶏を一羽まるごと。分厚い塩にかためて蒸し焼きにする。腹の中に香草を一杯詰めて。百合乃とのキャンプの時のリベンジだ。

居間では、その若く美しい客人が、バッグの中から週刊誌を出して読み始めている。
「何か飲むかい?」と私は、鶏の表面に約二センチの厚みに、まんべんなく岩塩を塗り付けながら訊いた。岩塩には、卵白がまぜこんであるので、火を通すと、がっちりと石膏のように固まり、鶏のうま味を逃さず、蒸し焼きが出来上がる仕掛けだ。
「コーラある?」
「ジンジャーエールならあるよ」
食前にコーラを所望するとは、と軽い失望を覚えたが、私は明るく答えた。氷を入れたジンジャーエールのグラスを持って行くと、彼女は読んでいる芸能週刊誌から顔を上げた。
「ねぇねぇ、あなた、何座?」
「スカラ座、名画座、歌舞伎座」
嫌な予感が胸に湧いた。星座と血液型の話しかできない若い女の一人なのかもしれない。しかし、まさか、京子ともあろう人間が、そんなつまらない女を紹介するとは思えない。
「星座のことよォ」
と女はユーモアの通じない声で言った。
「双子座」
少し憮然として私はキッチンに戻りながら短く答えた。
「やっぱり、そうだと思ったんだ」
「やっぱりって?」
とキッチンから念のため訊き返す。
「あたしは魚座なのォ」
「だから?」
「相性いいのよ」
すっかり塩で塗り固めた鶏肉を、オーブンの中へ突っ込み、私は黙って前菜の用意にかかる。返事をする気にもなれない。京子の奴、まだか。 「もしかして血液型はB型じゃない、あなた?」
居間からの声が続く。
「忘れたよ、そんなこと」
「B型よ。絶対にB型のタイプ」
「B型でもA型でも、別にいいよ」若い女に対する興味は、嘘のように醒めてしまっていた。
「よかないわよ。A型じゃ相性悪いもの」
「じゃA型だ」
前菜を大皿に並べてしまうと、私は黙々と流しや調理台の上を片付け始めた。
「一体何やってんのォ?」
と彼女が顔をのぞかせた。見ての通りだォ、頭の足りないお嬢さん。そう言うかわりに私は不機嫌に答える。
「サッカーしてる。野球してる」
「アハハそれっておかしい」
「そうかね。本当のことを教えようか。僕が現在しているのは、退屈。そして後悔」「だったら、そんな所から出てくればいいじゃないの。あっちで少しお話しましょうよ」
「きみ、双子座の男の性格、本当に知ってるの?」
「知ってるわよォ。ロマンチストなのよ」
「それもある。しかし、双子座には神経質で二重人格って面もあるんだ。嫌となったらとことん嫌だという性格もある」
とにかく、居間に行き、床に落ちている芸能週刊誌をつまみ上げて、くずカゴの中に放り込んだ。吉本リナは何も言わなかった。
私は今や京子のお節介に猛烈に腹を立てていた。
「ねぇ」と、リナが鼻を鳴らした。「今、あなた、何考えてるのォ?」
「きみのことだよ」
危険なほど静かに言った。
「あたしのことって?」
私はソファの隣に坐り、耳もとに顔を近付けて囁くように言った。
「どうやったらきみの気持ちを傷つけずに、お引き取り願えるかと、その方法を考えているんだ」
沈黙。少女の顔がさっと赤くなった。
「すごく失礼だわ」と立ち上がった。
「承知しているよ」
私は素直にうなずいた。
「あたし、こんな侮辱初めてだわ!」とバッグを鷲づかみにした。
「星座と血液型の話と芸能週刊誌から卒業しないと、また同じめに逢うと思うよ。せっかくの小さなダイヤのイヤリングも台無しだ」
「でもあなたみたいに面とむかって失礼なこと言う人、他にはいないわよ」
「誰かが言ってやらなければ、君は自分のおろかさに一生気付かないだろうからね」
「お礼を言えっていうの?」
「それには及ばない」
「あたし、帰る!」
「引き留めるつもりはないよ」
「サヨウナラ!!」
次の瞬間、少女は髪を振り回して、ドアの向こうに消えて行った。振り向き様、イヤリングがキラッと光った。

二時間後、私は独りで食卓に坐っていた。岩の石膏を崩した中から、蒸し焼きされた鶏のこげめが見えている。香ばしい匂いがあたりに漂う。あんな貧困なボキャブラリーしかもたない若い女と一緒に食べるくらいなら、独りで寂しく食卓に向かう方がはるかによかった。
その時けたたましい電話の音。でると、京子だ。
「君との友情を今日ほど疑問に思ったことはない」
といきなり私は言った。
「あら!?デザートにチーズケーキを、と思ったんだけど、チーズケーキは好みじゃなかった?」
ケロリと相手が言った。
「僕はね、自分のデザートは自分で選ぶことにしているんだよ」
怒りを押し殺して私は電話に答えた。
すると電話のむこうでくすくすと笑い声が起こった。しかも複数だ。
「さすがのあなたも吉本リナの名演技に引っ掛かったわね」
「名演技?」
「そう、彼女今度ドラマの仕事で女優デビューするっていうからその予行練習。彼女が演じたのは、頭の空っぽの若き美女。脚本は龍ちゃん」
「な、なんだって」
「ちょっと待って。名女優に替わるから」
「もしもし」と相手が替わった。
「少しやり過ぎだったかしら?」リナの声だ。
「確かに-、きみたちは、やり過ぎだ」
唖然として私はうめいた。
「あなたが私の演技に引っ掛かったのは、でも、あたしの演技が上手だったからって訳じゃないわ」と吉本リナは言った。別人のような口調だった。「石を投げればモデルに当たるこの時代、どうせ頭が空っぽのお馬鹿さんにきまっているという、あなたの思い込みが私の演技を助けたのよ」
「どうやら、その思い込みを訂正したほうがよさそうだね」
「人って、自分が見たいようにしか人が見れないものよ。あなただけが例外じゃないわ」
「もう一度、やり直せるかな?」
「どのあたりから、やり直したい?」
「そうだな。バッグの中から芸能週刊誌取り出す直前あたりから」
「それとあなたの台詞で一つ気になった事があるの」
「なんだい」この語に及んでまだ何かあるのか。
「私がしているのは『小さなダイヤのイヤリング』ではなくて『ダイヤの小さなイヤリング』。細かい事だけど」女心は海よりも深いとは誰の言葉だったか。
「鶏の塩蒸し、どんな具合?」
「すぐに、飛んでくれば、出来たてに間に合うよ」
「じゃ、みんなで、今からすぐ行くわ」
「みんなで?」
「あたしと京子さんと龍さん」
「京子さんと龍さんは今度でいいよ」
と最後まで言い終えないうちに、電話が切れた。京子の奴、最後の最後までお節介を焼く気だと、私は歯ぎしりしながら、四人前のテーブルセッティングにとりかかるのであった。

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